2013年3月13日水曜日

KULeuven Central Library 大学中央図書館

Leuvenのランドマーク KULeuven中央図書館。KULeuvenは、創立600年近くの長い歴史を持つ大学です。その中央図書館は、現在、大学のみならずLeuven市にとっても象徴と言える建造物となっています。

<中央図書館の歴史>
・第一次世界大戦
もともとKULeuvenの図書館は、現在のUniversiteitshal (University Hall)にありました。しかしその建物を含むLeuvenの市街地は、第一次世界大戦1914年8月25日夜から26日にかけてのドイツ軍の攻撃によって焼け落ち、壊滅的な被害を受けました。KU Luevenが保有していた貴重な文献も多く消失してしまいました。

終戦後、KULeuvenの図書館の再建を求める機運が高まり、現在の地での図書館再建の動きが始まりました。しかし、その主導的役割を担ったのはベルギー市民ではなく、この大戦を通じて急速に国力が増大した米国でした。米国の寄贈者団体が図書館再建委員会を設立。1921年、現在の場所で、米国建築家ホイットニー・ワレンの指揮のもと新しい中央図書館の建築が始まりました。カリヨンを備えた壮麗な図書館は1928年7月4日竣工。図書館としての利用が公式に開始されました。

こうした経緯からもわかるように、この図書館は戦勝記念碑としての意味合いを含んでいます。特に米国の主導的役割を象徴するような暗喩が、この建物には隠されています。例えば、竣工日が7月4日(米国独立記念日)だったり、時計の文字盤には48個の星が散りばめられていたり、カリヨンの鐘が48個だったり(当時の米国48州をあらわしている)。暗喩のみならずはっきりとしたメッセージをみることもできます。図書館の柱には当時協力をしてくれた米国の大学や組織の名前も彫られていて、この事実を後世に伝えています。さらに、図書館の屋根、右隅には米国の象徴(ハクトウワシと星条旗)が飾られているのも見えるのです。そして、極めつけは、屋根の中央部分。兜をかぶり、甲冑を身に着け、手には剣を持った聖母マリアがワシを踏みつけている像がみえるはず。「聖母マリア」は大学の守護聖人、「ワシ」はドイツ(プロイセン)の象徴なのです。この像は、図書館がドイツ軍に勝利したことのモニュメントであることを広く喧伝するため設置されているのです。まさに対独勝利の象徴がこの図書館であったのです。

しかし、KUルーヴェン側は学問の礎であるべき図書館に、戦勝モニュメントとしてのイメージをあからさまに植え付けようとする動きに対して、懸念を抱いていました。とりわけ建物に「ドイツ人の狂気で破壊されアメリカ人の好意によって再建された」という碑文を刻印しようとするアイディアは論争を巻き起こし、紆余曲折を経て、最終的には学長兼図書館長であったラデウズ氏によって葬られました。多くの研究者にとってドイツの大学との学問的交流は欠かすことはできませんでしたし、何より大学図書館の使命は好戦的愛国主義を醸成することではなく欧州各国すべての学問文化に寄与する礎であるべきという考えからでした。
悪霊を退治する聖ゲオルギウスと聖ミカエルに支えられた
勝利の女神像

・日本との関係
このように、この図書館が米国の多大な影響・サポートによって建てられたことはよく知られています。しかし、我が国・日本も、図書館の再建に寄与したことは意外と知られていません。第一次世界大戦では、日本は戦勝国側であったため、日本からも図書館再建に対する大きな援助が送られました。こうした日本の助力の印として、米国の紋章とはちょうど反対側・屋根の向かって左の隅に、日本のモニュメント(狛犬と菊の御紋)も刻まれてます。
実はこの事実は、KULeuvenの日本学科の先生に教えていただいたものです。先生によれば、日本とベルギー(ルーヴェン)との関係は明治維新直後から始まっていて、それ以降、比較的友好な関係が続いているそうです(第2次世界大戦時は除く)。こちらに来る前は、ベルギーと日本がそんなに以前から親しい関係にあったとは全く知らず、そのことを教えられ、改めて自分の勉強不足を恥じました。

・第二次世界大戦
こうして再建された中央図書館ですが、その後も戦争の歴史に翻弄された運命をたどります。
時は流れ1940年。欧州は2度目の世界大戦の嵐に巻き込まれていました。第一次世界大戦の際は対独徹底抗戦したベルギーでしたが、この戦争では早々に降伏。ベルギーの各都市はナチスドイツの支配下におかれていきます。ドイツ軍は1940年5月16日ルーヴェン市にも侵攻。その日の午後ドイツ軍は図書館のカリヨンに砲火をあびせ、図書館全体を攻撃しました。建物は完膚なきまでに破壊され、多くの蔵書も再び灰燼に帰しました。しかし不思議なことに、激しい攻撃にもかかわらず図書館を囲む近隣の建物の多くは無事残っていました。なぜドイツ軍は周囲を破壊せず図書館だけを攻撃したのか。諸説はありますが、ドイツ国家にとって先の大戦での屈辱の象徴である図書館を、ドイツ軍が意図的にターゲットにしたのではないかとも考えられています。

・戦後
このように幾度となく苦境に立たされてきた図書館ですが、欧州に平和がもたらされた戦後、今度は、ベルギー国家が内包する理由によって、新たな転機を迎えます。それは、1960年代に勃興した、ベルギーのワロン・フラマンの対立です。

従来KUルーヴェンでは、ベルギーの国語であったフランス語で授業がおこなわれてきました。しかし、フラマン人の民族意識の高まりに伴って、フラマン語の公用語化が求められるようになりました。フラマン語圏のルーヴェン市の大学であるKULeuvenでの教育も、当然フラマン語で実施されるべきという動きが活発となります。国全体を巻き込んだワロンとフラマンの対立は、1968年、大学の分裂という結果を招きます。フランス語系の研究者・研究所はルーヴァン・ラ・ヌーヴへ移り、KULeuvenはフラマン語系大学となります。この大学分裂によって、大学図書館の膨大で貴重な蔵書も機械的に半分に分断されてしまいました。蔵書の分け方を決めかねた挙句、偶数巻と奇数巻で便宜的に二分してしまったものもあるらしく、実際に貸出利用しようとしたとき不都合がある場合もあるそうです。
私は実際に、ルーヴァン・ラ・ヌーヴのCULの図書館も訪ねたことがあるのですが、あまり、KULeuvenと交流はないみたいでしたね。相互貸出とかもあんまりしてないみたいな話しぶりでしたし・・・。一応、こちらのカードでも入館できるみたいなんのですが・・・。貴重な蔵書も多数あるばずなのに・・・。

現在の落ち着いたたたずまいからは想像できませんが、歴史によって翻弄されてきたKUルーヴェン大学図書館。この、素晴らしい図書館がずっと平和に利用され続けることを願ってみません。

参考図書:
『図書館の興亡―古代アレクサンドリアから現代まで』
マシュー・バトルズ著 草思社(2004/10)
『That's why Leuven』 WEAN international b.v.
http://www.firstworldwar.com/video/sackoflouvain.htm
『図書館炎上―二つの世界大戦とルーヴァン大学図書館』 
ヴォルフガング シヴェルブシュ  (著), 福本 義憲 (訳)
法政大学出版局 (1992/10)

<図書館の内部>
中央図書館の1階(日本風に言うと2階)には、広々とした閲覧室があります。書架には美しいレリーフが施され足を踏み入れた人を圧倒します。膨大な蔵書に囲まれた重厚で豪華な閲覧室なら、何だか勉強もはかどりそうです。実際、試験前の時期はすべての席が埋まってしまって、多くの学生さんが勉強する姿が見られます。

中央図書館の2階には、東方図書館があります。この図書館には中国語・韓国語はもちろん、日本語の文献もたくさんあります。もちろん難しい専門書が中心ですが、なかには漫画本や軽い読み物もあったりして、私も時々利用させていただきました。実は、東方図書館専任司書のなかに一人、日本語が大変堪能なベルギー人司書の方がいらっしゃいます。私も図書館利用でわからないことがあったときは、その方にご相談させていただきました。とても丁寧にお答えいただいて、助けられました。ありがとうございました。
ちなみに東方図書館の入口の壁には大江健三郎氏からKULeuven日本学科の教授にあてた手紙が展示されています。大江氏がノーベル文学賞を受賞した背景には海外での積極的な活動があったという話を裏付ける資料と言えるかもしれません。

<観光したい方は・・・>
観光という意味で中央図書館内部に入りたい場合は、受付でその旨申し出ると入館できるようです。また、中央図書館では、カリヨンを見学するツアー等のイベントも実施されているそうです。残念ながら私は参加していませんが、興味のある方はこちらへ。
http://bib.kuleuven.be/english/bibc/cb-cultural/visit

現在の図書館の具体的な利用方法については別項をご参照ください。

追記:インターネットを巡っていて参考になる写真を発見しました。第一次世界大戦でドイツ軍に爆撃された直後の様子をうつしたものだそうです。左手に破壊された図書館(現在のユニバシティーホール)、奥に市庁舎の尖塔が写っているのがわかります。
https://www.flickr.com/photos/library_of_congress/6130074335/

2013年3月12日火曜日

Ladeuzeplein  中央図書館前広場

ルーヴェンで最もイベントに利用されている広場。歴史的にはルーヴェンの中心広場はGroteMarktなのですが、この広場は市庁舎が大きすぎて空間が小さいため、大きなイベントを開催するときは図書館前広場が主会場になることが多いようです。毎週金曜日には、この広場と隣接するフーバープレインで大規模な朝市が開かれます。また、9月にはケルミス(移動遊園地)、12月にはクリスマスマーケットの開催場所ともなります。日頃の様々なイベントもここを中心に行われることが多いです。

この広場の中央に、不思議なオブジェがあります。大きな縫い針の先端に緑色の甲虫刺さっているもの。これはKULeuvenの開学575年を記念して、KULeuvenがLeuven市に寄贈したオブジェです(オブジェの根元のところに記念の文字があります)。このオブジェの意味について、KULeuvenの先生にうかがったところ「学問とは昆虫標本をつくるようなもの=蒐集して分類して分析すること」だそうで・・・。何だか、わかったようなわからないような・・・。この前衛的なオブジェに対して、ルーヴェン市民のあいだでも賛否があって、ルーヴェンの伝統的な雰囲気に似合わないと考える人もいるし、モダンで面白いと考える人もいるようですよ。
ちなみに、このオブジェの製作者はアントワープを中心に活躍する現代芸術家JanFabre氏。2012年2月現在、ブリュッセルの王立美術館で彼の作品展も開催されています。その展覧会で見た彼の作品も、具象的でありながら前衛的という不思議な作品ばかりでしたから、まあ、このオブジェも「彼らしい作品」と言えるかもしれませんね。

<Jan Fabreの展覧会>
Jan Fabre - Chapters I-XVIII. Waxes & Bronzes
Museum of Ancient Art (Royal Museums of Fine Arts of Belgium)
12-10-2012 - 15-05-2013

2013年3月10日日曜日

Tongeren トングレン 3月

寒い寒いベルギー。3月にこれだけの寒さなのは何十年ぶりだとか。そんな中最後のベルギー街歩きは、日曜朝開催されるベネルクス最大のAntiekmarkt(骨董市)で有名なTongeren。アンティークめぐりだけではなく、素敵な街歩きができました。

<当日の日程>
9:05Leuven→9:19Aarschot乗換 9:24→10:18Tongeren 観光案内所 Antiekmarkt(骨董市) 教会コンサート(ベギンホフ) 昼食 13:44Tongeren→Aarschot乗換→14:55Leuven 

<LeuvenからTongeren行きの列車>
日曜日はLeuvenからTongeren行きの直通列車はなく、LiegeかAarschotで乗換になります。SNCBのサイトで調べると、どちらを経由しても1時間20分程度で同じような感じでした。しかし、日曜日のLiege行きのICは、なぜか早朝から遅れが出ていることが多いので、Liegeでの乗り継ぎ時間が少ないこのルートはリスクが高いように思いました。そこで、今回は普通列車のAarschot乗り換えを利用しました。

<Tongeren観光案内所>
駅から徒歩10分。街の中心部に向かってリングを越えて300m位いったところに観光案内所があります。ここでアンティーク市のことを尋ねると、丁寧に答えてくれます。さらに、立派なパンフレット(地図付き)をいただきました。

<Antiekmarkt(骨董市)>
観光案内所から徒歩5分。ベネルクス最大のAntiekmarkt(骨董市)の主会場はリング沿いの屋内展示場と周辺の青空市。私が訪れた時は、寒い寒い雪混じりの日曜日。さすがに、青空マーケットには人もまばらで、11時過ぎには店じまいしてしまうほど。ただ、インドアの市の方はなかなかの賑わいで、そぞろ歩くだけでも楽しく、掘り出し物を探してさまよいました。かわいい雑貨、家庭用品、家具、コレクターグッズ、アクセサリー・・・とにかくありとあらゆるアンティークグッズ。いくら眺めていても見飽きないなぁ。Tongerenにはずっとずっと行ってみたかったのですが、帰国も間近になってようやく念願かなってとっても嬉しかったです。
ちなみに、Antiekmarkt(骨董市)は日曜午前中のみの開催ですが、周辺にはアンティークショップもたくさんあって、通常は日曜お休みのベルギーですが、そうしたお店は例外で日曜日でもオープンしています。常設のアンティークショップの品々はちょっと高級そうですが、目利きの方なら、意外な掘り出し物もみつけられそう。とにかく、アンティーク好きなら絶対行くべき街ですね。

<城壁と門>
トングレンにはローマの遺跡・城壁と城門(モーレンポールトMoerenpoort)が残っています。Antiekmarktの主会場のすぐ横。城壁の上を歩くことも可能です。また、城門に登ることもできるらしいのですが、こちらは有料。

<ベギンホフ>
Tongrenには、ベギンホフもあります。Moerenpoortからベルギーらしい石畳を歩くこと5分。ベギンホフの特徴的な家並みが見えてきます。さらにここには、ベギンの生活を忠実に再現した小さな博物館があります。この博物館を訪れると、Antiekmarktで販売されているさまざまな家具や品物も、昔はこんな部屋に設えられていたんだろうなと想像を膨らますことができてとても楽しいです。この博物館の存在はあまり知られていないようですが、素敵な場所ですよ。おすすめ。
ちなみに、この日、ベギンホフの教会で地元の音楽家たちによる小さなコンサートがおこなわれていました。1曲だけ拝聴させていただきました。
<昼食>
ランチは、街の中心・世界遺産の聖母教会の広場に面したビアカフェで。ベギンホフから徒歩5分。本当に寒い日だったので街にはほとんど人影もなかったのですが、この店は地元客で一杯。すいているだろうと思ってドアを開けてびっくり。次から次へとお客さんがやってきます。お年寄りが一人でゆったりとブランチを楽しんだり、若い人が友達とのおしゃべりに花を咲かせたり、中年のご夫婦何組かで集っていたり・・・・と本当に地元に根付いたカフェという雰囲気。お昼はクロックムッシュと本日のスープ。冷え切った体もあたたかい料理と楽しい雰囲気で温もることができました。料理と飲み物で15ユーロくらい。
<Cafe 't Gerechtshof>
Vrijthof 1, 3700 Tongeren, 電話:+32 12 74 20 78 http://www.gerechtshof.be/
クロックムッシュ
<聖母教会堂 Onze-Lieve-Vrouwebasiliek>
世界遺産の聖母教会。中には回廊もあってかなり立派なものでした。内部のパイプオルガンとマリア像のが見どころだそうです。
参考URL:http://www.visitflanders.jp/where_to_go/tongeren/
<ひとこと>
ベルギー街歩きの最後を締めくくるにふさわしいTongeren.。レンガ造りの家並み、石畳、教会、広場・・・フランダースの街の特徴を備えているうえに、ローマの遺跡やベギンホフ博物館もあり、そしてなにより、骨董市めぐりができるという本当に楽しさいっぱいの街。ベルギーのほかの小さな街だと、一度訪れれば十分かなと思ってしまうのですが、骨董市があるので、ここは本当に何回も訪れたくなる街です。ベルギーの街をたくさん訪問しましたが、Tongerenはベルギー街歩きには外せない、絶対におすすめの町だな~と思いました。

2013年3月9日土曜日

ハッセルト 3月

ベルギー街歩き、帰国前の駆け込みシリーズ・その2。ハッセルトへ。今回は観光目的ではなく、おしゃれタウン・ハッセルトで日本に持ち帰る品を物色。庶民的なルーヴェンのショッピングストリートに比べて、ハッセルトは何となくハイセンスな雰囲気。ブランド品をおいたセレクトショップもあったりして、見て歩くだけでも楽しいので大好き。ショコラティエもおしゃれでしたよ。

Boon - The Chocolate Experience
Paardsdemerstraat 13, 3500 Hasselt,  +32 11 42 21 99
http://www.thechocolateexperience.be/

サッカー観戦記 Oud Heverlee Leuven 3月

サッカー日本代表GK・川島選手、小野選手、永井選手と3人の日本人所属選手のいるスタンダール・リエージュがLeuvenの地元サッカーチーム・Oud Heverlee Leuvenと対戦します。会場はベギンホフから徒歩10分のスタジアム!これは観戦に行かなければ!!(もちろん私はOHLを応援しますよ!)
<チケット>
試合開始は夜8時。当日券は試合開始1時間半前から、スタジアムの横にあるチケットブースで販売されます。インターネットでの購入やシーズンチケットなどもあると思うのですが、何分、オフィシャルサイトはフラマン語。よくわかりません。どのように購入するか、ご存知の方がいれば教えていただきたいです。というわけで、18時半にチケットブースで直接購入。当日券で購入できた席は、ゴール裏。1枚25EURでした。

<試合内容>
OHLにとっては、トホホな結果。何と試合開始直後13秒で失点。集中力なさすぎ!さらに失点を重ね、結局0-4で敗戦。全くいいところがない試合で、フラストレーションたまりましたよ!確かにリーグ戦は終盤戦で、中位につけているOHLにとっては、どんなに頑張っても上には上がれないし、かといって、2部落ちするほどでのないという、モチベーションの上がらない消化試合かもしれないけど、これはないでしょう!それもホームスタジアムで!!スタジアムは8割がたファンで埋まってましたよ。ファンのためにももっと頑張って欲しいなぁ!
一方、リエージュはノリノリ。日本人選手もしっかり活躍。川島選手はもちろん正キーパーとして不動の地位ですし、小野選手も先発出場。前半のみのプレーでしたが、フリーキックを担う重責もこなしていました。さらに、永井選手後半残り10分からの出場でしたがキッチリとアシストを記録。日本選手を応援していた日本人の方たちには、満足できる試合だったと思います。(たくさんの日本人が応援に来ていましたよ。日本からわざわざ応援に駆けつけてきた方もいたようで、びっくり。)
ノリノリのリエージュファン(赤いタオルでわかりますね)
<アクセス>
バスだと、DeLijnの1番か2番、NAAMSEPOORTが最寄のバス停です。そこから徒歩5分。試合のある日は大勢のファンが歩いているので迷うことはありあません。自家用車用駐車場もあります。

<感想>
OHLにとってはトホホな試合ではありましたが、リエージュに所属する3人の日本選手の活躍も見れたし、スタジアムの雰囲気もいいし、楽しい観戦ではありました。OHLのスタジアムはとても小さいので、フィールドと客席が近くて、迫力満点。地元愛の強いベルギーですので、どんなに弱いOHLでも熱狂的な応援があって、そんなところも楽しめました。
Youtube動画:OHルーヴェン 0-4 スタンダール・リエージュ(2013/03/09)
オフィシャルサイト:http://www.ohl.be/
小野選手がPKを蹴るところ

2013年3月7日木曜日

ワーテルロー 3月

ベルギー街歩き、帰国前の駆け込みシリーズ。ワーテルローの古戦場に行ってきました。今回は、カーシェアリング・カンビオの利用。お昼はワーテルローの寿司店・和太郎で。

<ワーテルローの戦い>
ワーテルローの戦いとは、1815年6月18日、英国・ウェリントン公爵率いるイギリス・プロシア・オランダ連合軍がフランス皇帝 ナポレオン・ボナパルト率いる仏軍を現・ベルギー王国ブリュッセル郊外ワーテルローの地で打ち破った戦闘のこと。数々の輝かしい戦勝を誇る戦争の天才・ナポレオンの最後の戦いとしても知られています。全軍合わせて歩兵25万人、騎兵10万人、大砲900台が投入され、一日の激戦で、死傷した4万人の兵と1万匹の馬がワーテルローの地に残されたそうです。

この戦によってナポレオンの大帝国の夢は瓦解し、戦勝側、英・普・墺・露の主導のもと、欧州の新しい秩序が構築され、その後約100年間(第一次世界大戦まで)欧州の地には平和がもたらされます。この平和な期間に欧州はさらに発展し繁栄していったのです。

この戦いは、日本史にとっての関ヶ原の戦いに近いものがあります。仏軍自慢の1万2000人の騎兵とそれを迎え撃つ陣形(方陣)を取った連合軍の激闘など戦史上も注目すべき戦いですし、また、歴史上も欧州の地図を塗り替えるターニングポイントになった戦闘ということで、語り継がれています。

さらにこの地に立ってみると、ベルギー在住者としては、欧州の大戦の最前線となってしまうベルギーという地域の持つ宿命を改めて突きつけられるような気がします。後の欧州最大の戦争・第一次世界大戦の主戦場もベルギーであったことを思いあわせると、欧州における小国ベルギーの立場の難しさと悲しさを実感させられます。
また、ナポレオンの敗因はいろいろ分析されていますが、ベルギー独特の雨の多い天候(数日前から続く雨によって地面がぬかるんでいて、仏軍自慢の騎兵の進行が阻まれた)がその原因の一つであったと知り、200年前も変わらぬ気候だったのだなぁと改めて感慨を覚えました。

ワーテルロー古戦場には戦況を紹介した博物館もありますが、英語で紹介されているので日本人にはちょっとわかりにくいです。できれば前もってDVDなどで戦況を勉強してから彼の地に訪れるとさらに理解が深まると思います。

参考:ヒストリーチャンネル・究極の戦闘史「ワーテルロー」



ナポレオンのフィギュアお土産。
ちょっと間抜けな顔のナポレオンですが
<和太郎>
在白日本人御用達の日本料理店。店名の和太郎はWATERLOOからだそうですよ。
(ランチセットは14EUR、その他一品料理もあります)
WATARO
Address :Chée. de Bruxelles 399 1410 Waterloo (Waterloo, Belgium)
Belgium
Tel: 02 353 01 34
Fax : 02 353 01 34
Open from 12h to 14h and from 18h30 to 22h30, the WE to noon from 12h to 14h30.





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2013年3月2日土曜日

ルーヴェンでお買い物 パン販売 あれこれ

食事には、主食のパンは欠かせないベルギー人。朝市で購入する量も半端ない。袋いっぱいのパンをおばあさんが購入している姿をよく見かけます。
スーパーマーケットにも大きなパンの棚があります。自分でこの棚から出して、自動パンスライサーでパンをカットします。このパンスライサーはとても一般的な機械で、街のパン屋さんでスライスを頼むと同様の機械でカットしてくれます。パンの厚みは日本の10枚切り位。

スーパーが休みになる日曜日のために、街角にはパンの自動販売機もありますよ。

2013年2月28日木曜日

最後のブリュッセル

ベルギー生活最後のブリュッセル訪問は、在ベルギー日本大使館への所用。手続きがいろいろあって、ここにはお世話になりました。

在ベルギー日本国大使館
Square de Meeûs / De Meeussquare 5-6, 1000 BRUXELLES / BRUSSEL
電話 32-(0)2-500-0580 FAX 32-(0)2-513-4633
領事部開館時間 午前9時15分~12時 午後1時30分~4時

2013年2月16日土曜日

ディナン 2月

アルデンヌ地方、ムーズ川沿いの小さな町ディナン。

<当日の日程>
9:27Leuven駅→Ottignies乗り換え→Namur乗り換え→11:39Dinant駅着 →(徒歩5分)→ 観光案内所 →(徒歩10分)→サックスの像・サックスの生家(サックス博物館)→昼食(Café Leffe)→シタデル→ノートルダム教会→クックドディナン購入→徒歩15分→洞窟入口→15:21Dinant駅→Brussel Noord乗り換え→17時30分頃Leuven着

<観光案内所>
駅からムーズ川の橋を渡る手前を左に曲がると観光案内所があります。ここでディナンの無料地図がもらえます。ガイドブックに載っていなかった観光名所(鍾乳洞とレフェビール博物館)の存在をここで教わりました。英語も通じます。駅から徒歩5分。

<アドルフ・サックス通り・サックスの像・サックス博物館>
ディナンは、楽器「サックス」を発明したアドルフ・サックスの故郷としても有名。街のメインの橋にもサックスの大きな像が飾られています。サックス博物館はサックスの生家を改装したもの。小さな可愛らしい博物館です(無料)。駅から徒歩10分程度

<昼食・レフェカフェ>
小さな小さなグランプラス(矛盾した表現ですが)に面した、ビアカフェ。地元の人観光客両方で混雑していたので入店してみました。ここディナン発祥のレフェビールとベルギー料理に舌鼓。メニューはフランス語のみ。サックス博物館から徒歩5分。料理3品+ドリンクで60EUROくらい。




<シタデル>
ディナンは交通の要所であったため、これまで数多くの戦争に巻き込まれてきました。街を守るために建てられた城砦も時代時代に翻弄されて、数々の戦闘に巻き込まれてきました。そんな歴史も学べるちょっとおどろおどろしい博物館です。ケーブルカーか徒歩でシタデルの上に登れます(いずれにしても入場料8EUR)。夏はシタデル博物館の中はガイドツアーでのみ見学できるみたいなんですが、私が言ったときは閑散期であったため自由見学できました。




<ノートルダム教会>
シタデルのケーブルカーの乗り口のすぐ横にある、街の象徴。美しいステンドグラスが見られます。


<Maison JACOBS クックドディナン>
ディナン名物、クックドディナンの老舗でお土産購入。蜂蜜と小麦粉だけで作ったお菓子は、以前は戦闘時の保存食であったというだけあってとても硬く日持ちのするもの。食べるときは事前に折って、ミルクやコーヒーに浸して柔らかくして食べるのだそう。直接かじると歯を折るらしいので、ご注意。教会から徒歩5分。Maison JACOBS:Rue Grand,147  B-5500 Dinant  tel:082 /22 21 39

<鍾乳洞・レフェ博物館>
当日存在を知ったディナンの観光名所。鍾乳洞の見学は1時間ごと。入口まで行ってみたのですが、時間がかかりそうだったので断念。暖かく日の長い季節なら良かったな。駅から街の中心とは反対方向に歩いて15分くらい。レフェ博物館はその手前にあります。

思った以上に見所も多く、楽しいベルギー・ワンデイトリップとなりました。
ディナン観光局http://www.dinant.be/index.php

2013年2月11日月曜日

Binche バンシュのカーニバル


バンシュのカーニバルに行ってきました。2003年、世界無形遺産に登録されたベルギーのお祭。楽しい仮装と元気な雰囲気を楽しんできましたよ

<当日の旅程>
12:37Leuven発→Brussel-Noord乗り換え13:03発→14:13Binche着→(徒歩10分)→グランプラス(観光案内所)→15:00パレード見学→17:45Binche発→Brussel-Midi乗り換え→20:00頃Leuven着
参考URL:http://www.carnavaldebinche.be/home-eng.html http://www.bel2.jp/event/article/binche.html

<カーニバルについて>
カーニバルは謝肉祭と訳されているカソリックのお祭り。カソリックには復活祭前の四旬節(46日前。四旬とは40日のことだが、日曜日を除くので46日前からとなる)の水曜日(灰の水曜日)から復活祭の前日(聖土曜日)までの期間は肉食を控えるという伝統があります(現在はそれほどこの規律を厳格に守っている人は少ないようですが)。こうした禁欲の日々を迎える前に、享楽的にお肉を食べお酒を飲んで騒いでおこう!というのが、カーニバルのもともとの趣旨です。現在では、春を待つお祭りとして広く受け入れられており、各地で様々な仮装行列パレードなどが開催されます。ブラジル・リオデジャネイロのパレードなどが有名ですよね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AC%9D%E8%82%89%E7%A5%AD

<Bincheのカーニバルについて>
Bincheのカーニバルは、カーニバル期間の日曜日から火曜日まで3日間開催されます
(1日目・日曜日)
9時と3時に仮装パレード。グループ毎のテーマに沿った装束を着て街を練り歩く。私たちはこの日3時のパレードを見学。子供たちの仮装姿が可愛かったですよ。女装をした男性のグループもいました。
(2日目・月曜日)
若者や子供達中心の祭り。午前10時からビオラの演奏とともに若者がパレード。夜には花火があがる。
(3日目・火曜日 マルディグラ(肥沃な火曜日))
Bincheのカーニバルのメインイベント。
Gille(ジル)と呼ばれる独特の仮装をした男性たちが繰り広げる仮面祭。
夜明けまえ Gilleは各戸から徐々に集まってコミュニティ毎の集団を構成
午前7時すぎ Gilleたちが集団で朝食(なんと朝から生牡蠣とシャンパン!伝統的なGilleの朝食です)
午前8時半 約800名のGilleがグランプラスに集合して一斉に同じ仮面をかぶります。
Gilleが一日中街を練り歩く。
午後3時過ぎ グランプラス中心にダチョウの羽で飾られた豪華な帽子をかぶったGilleが、次々に群衆に向かってオレンジを投げる。無事キャッチできた人は一年幸運であるとか。
午後9時30分 祭りの終わり。花火があがってフィナーレを告げる。

<Gilleについて>
Bincheのカーニバルの主役、Gilleは所謂ピエロとは異なる存在です。祭りの起源は13世紀。それ以前のBincheは毛織物産業で栄えていた豊かな街でした。しかし、産業の衰えとともに街を支配していた有力者(貴族や富裕層)は街を去り、Bincheには貧しい地元の民だけが残されました。彼らはこの地で生きていかなければなりません。その彼らが、去っていった富裕層を模して仮装したのがGilleの姿なのです。豊かさを示す太った装束(太った姿を表現するために、Gilleの衣装の下に藁を詰めています)、仮面に描かれたメガネ(当時メガネはインテリの富裕層しか所有できなかった)とヒゲ(整えられたヒゲも富裕層ならではのもの)はその姿を象徴しているのです。カーニバル最終日・火曜日の朝8時半、Gilleの装束をつけた約800人の地元民が、グランプラス広場で一斉にGilleの仮面をつける瞬間は、この祭りのハイライトです。仮面をつけたとたんGilleは個々人の個性を離れてGilleという概念に昇華されるのです。仮面をつけるのはこの瞬間だけ。これ以外の時間に悪戯心で仮面を付けるような不埒者は以降祭りへの参加を許されなくなるという厳しい掟があるくらい祭りの重要な行事なのです。おそらく街が再び豊かな人々で溢れかえるほど栄えるようにという祈りを込めたお祭りなのでしょう。

Gilleになれるのは、Binche生まれ(または、10年以上Binche在住)の男性。家族にGilleがいること。そして、早朝から夜9時までおよそ16時間、重い装束をつけ木靴を履いて街を練り歩く体力があることという条件をクリアしなければGilleにはなれません。子供のGilleも認められていますが、子供だからといって疲れても抱っこやおんぶはしてもらえません。また、この祭りは基本的にBinche市民の自費で開催されています。衣装はもとより、3時からのパレードでかぶるダチョウの飾りのついた帽子は何十万円もするものだし、パレードで投げる約100個のオレンジも市民が自腹で購入しているもの。さらに、各コミュニティでは、オリジナルシャンパンを準備して一日中Gilleたちのふるまうのですが、この振る舞い酒の費用も相当なものになるのだそう。とにかく、この祭りに、街の人はすべてを捧げていると言っても過言ではありません。この精神は、日本の多くの祭り、例えば岸和田祭りなどと共通していますね。
写真はwikipediaから
http://fr.wikipedia.org/wiki/Carnaval_de_Binche
<世界遺産登録の経緯>
この仮面祭りが世界遺産に登録された経緯には、Samuël Glotzさんという一人の民俗学者が大きく関わっています。彼はBincheのカーニバル(Gilleの仮面祭)と世界各地に存在する仮面祭りの比較研究をおこないました。詳細な研究の結果、Bincheの祭り以外、同じ絵柄の仮面を大勢の人が一斉に付けるお祭りはないこと、すなわち、この祭りが歴史的文化的にBincheのオリジナルであることを立証しました。これを受けて、Bincheのカーニバルはユネスコ世界無形文化遺産として登録されることになりました。彼が研究のプロセスで蒐集した世界中の仮面は、現在、Bincheの仮面博物館に展示されています。彼は2006年に亡くなりましたが、現在は、彼の息子さんが跡を継いで仮面博物館の館長を務めています。毎年、カーニバルの際は、Bincheの市民が彼の業績に敬意を表するため、生前彼が住んでいた家の前で彼をたたえる歌を歌うそうです。

参考TV番組: NHK「世界遺産」バンシュのカーニバル
http://www.accu.or.jp/masterpiece/masterpiece.php?id=39&lg=jp
http://www.belgium-travel.jp/destination/by_theme/culture/heritage.htm
http://www.museedumasque.be/en/index.php

<情報いろいろ>
・列車の乗車券は、SNCBのプロモーションチケット「Valentine Duo Deal」を利用。 同一旅程の二人組で、ベルギーどこでもOK14.00EUR。取り扱いはインターネット購入のみ。

・バンシュのカーニバルは大変有名なお祭りなので、列車が非常に混雑します。Leuven方面からBincheに行く時は、Binche行き始発駅のBrussel-Noord駅で乗り換えると座れます。
・Binche駅からBrussel方面への帰りの列車は1時間に1本。Bincheは始発駅なので、列車は出発予定時刻の20分くらい前からホームに止まっています。早めに駅に行っておけば座れます。出発予定時刻ギリギリだと、座れないことがあります。

・Bincheのグランプラスに観光案内所があります。ここで、Bincheの地図や当日のパレードの道順などを教えてもらいましょう。

・観光案内所の地下にトイレがあります(有料0.40EUR)。それ以外でトイレを借りたい時は、街のカフェでお願いすれば貸してもらえます(有料の場合と無料の場合があり)。ちなみに、駅前のカフェではトイレを無料で貸してくれました。最初はお礼を言ってそのまま店を出ようと思ったのですが、やっぱりちょっと気が引けたし、列車の発車時刻までちょっと間があったので、一杯ビールを注文しました(Bincheの地ビール)。何気なく注文したのですが予想以上に美味しいビールで、それも良い思い出となりました。

・私たちは日曜日のパレード(3時駅前出発グランプラスまで)を見に行きました。スタート地点から500mくらい離れた交差点で待機。しかしさすがにベルギー時間。ゆっくりゆっくりパレードが進み、そこにパレードがたどり着いたのは何と3時40分ぐらいでした。とても楽しいパレードでしたが、最初のグループから最後のグループが通り過ぎるまで1時間半近くはかかりました。

・春を呼ぶカーニバルですが、私たちが行った当日はとても寒い日でした。パレードが通り過ぎるまでかなり長い時間を外で待つことになるので、完全防寒をおすすめします。

・カーニバルのパレードは、パレードする人が着飾っているのはもちろんなのですが、パレードを見学している人たちもいろいろな仮装をしていましたよ。子供たちだけでなく、大人も仮面をつけたりしていました。Bincheの街でも仮装グッズをいろいろ売っていましたよ。

初めて参加したBincheのカーニバル。その歴史や背景もふくめて、さまざまなことを勉強し楽しめたお祭りでした。

2013年2月6日水曜日

ベルギー王立美術館

帰国も間近になってきましたので、大好きな絵画を見納めに王立美術館へ。ヴァン・デル・ウェイデン、デレク・バウツ、メムリンク、ボッシュ、ブリューゲル、ルーベンス。本当にたくさんのフランダースの絵画を堪能できてとってもとっても幸せでした。

王立美術館では日本語のガイド本を購入してきましたよ。「ベルギー絵画の会」で長く講師を務められてきた方の著書。かなり詳細な解説が載っていて、読み物としても面白いです。(15.00EUR)

2013年2月1日金曜日

ベルギー国鉄 (1)

欧州大陸で公的機関によって運営された最初の鉄道は、1835年5月5日にブリュッセルーメッヘレン間で開通したベルギーのものです。その歴史を背景に、ベルギー国鉄は、ベルギーの主だった都市を網羅し、現在では国内移動の主な手段として広く利用されています。

鉄道利用の街めぐりは、ベルギー個人旅行の醍醐味だと思うのですが、私が最初に強調しておきたいことは、「ベルギーの鉄道を100%信頼できる移動手段であると考えてはいけない」ということです。日本では、鉄道は、道路を走るバスやタクシー、欠航の可能性のある飛行機に比べて、運行時間を確実に読める公共輸送機関だと考えられていると思うのですが、ベルギーで同じクオリティを求めてはいけません。特に、遅延の可能性は高いです(5分、10分は当たり前、ひどい時は30分遅れとかもあります)。また日本ではあまり考えられないことですが、ストライキや車両故障などの理由で急な運行キャンセルもありえます(タリスやユーロスターといった国際特急でもその可能性があります)。
なので、ベルギーで鉄道を利用した旅程を組むときは、ゆとりをもってプランすること(乗り換えがある場合、ギリギリの乗り継ぎ時間だと危ない)や、万が一のことではありますが、予定していた列車が急に運休することもある、という覚悟をもっておくことが必要です。そして、突然のトラブルにあっても、慌てず落ち着いて、車掌に事情を聞くなどして、迂回方法や代替交通手段について自分で考え対処することが必要になります。

とまあ、脅かすようなことをかいてしまいましたが、海外個人旅行には、リスクがつきものというのは当たり前のことですよね。鉄道利用もそのひとつと言えましょう。「何事も日本と同じようにはいかない」と腹をくくっておけば、突然の困難にあっても落ち着いていられますから。

さて、日本の鉄道(JR)とベルギーの鉄道(SNCB仏語、NMBS蘭語)には、以下のような細かい違いもいろいろあります。
・改札がなくて、車内検札で切符のチェックをする(時々検札が来ない時もあるけど・・・)
・どんなローカル列車でも1等車と2等車がある
・列車の本数が圧倒的に少ない(1時間に1本とか)
・時刻表の表記の仕方が日本と違う
・列車がどのホームに止まるか、電光掲示板で確認しなければならない
・駅名が蘭語読み・仏語読み2種類ある所がある(例:Liege/Luik)。
  そもそもベルギー国鉄自体、SNCB仏語、NMBS蘭語と2種類の名前が
  あるし・・・(ここではSNCBと記載しておきます)。
  まあこれは鉄道会社のせいではないですけどね。
・プロモーチョンチケットがいろいろあって、とってもお得(でもどの割引が対応できるか調べないといけないけど)
・記入式10回回数券というものもあって、複数人数でお得なチケットがある。
・不思議と座れる(とっても混雑してるように思う時でも、何となく最終的にほぼ全員が座れる。車両編成を利用客に応じて変えてるっていうことなのかな?意外と丁寧なサービス?)

とまあ、なかなか細かい違いですが、この細かいことが結構わからなくて、戸惑うことは多いですね。慣れれくれば何てことなくなってきて、やっぱり便利なんですけど。日本みたいな激しいラッシュアワーもないし、ICは速度も早いし・・・。私は本当によく利用させてもらいました。
ということで、これからベルギーを鉄道旅行をしたいなと思う方に、私が体験したSNCBの乗り方を記載しておきます。

ベルギー国鉄 (2)

<切符を買う>

列車に乗るためには乗車券を購入します。無賃乗車には高額の罰金が課されるという噂。切符を購入できる場所は以下の4箇所。
①駅の窓口
②駅の自動販売機
③列車の車掌から直接
④インターネット


①駅の窓口
窓口で行き先、往復か片道を告げれば購入できます。クレジットカード対応可。


②駅の自動販売機
バンコンタクト(ベルギーの銀行のデビットカード)ができれば、駅の自販機で購入できます。英語表記ありますので、指示に従っていけば簡単に購入できます。窓口よりすいています。ただし、各種割引(例:週末割引)については自分で把握しておかないと損することもありますので、注意。

③車掌から直接
列車の発車時刻が迫っていたりして、事前に切符が購入できなかった場合、車掌から切符を買うことができます。ただし、列車に乗る直前(車掌はたいていホームに立っている)か、直後に「自分は切符を持っていないが車掌から買うつもりである」ということを告げておかないと、無賃乗車とみなされて罰金を取られます。

インターネット
自宅にプリンタがあれば、購入した切符のPDFファイルを自分で印刷して持って行けばOK。インターネットだと、時刻表の確認や各種割引価格の比較がゆっくり自宅でできますし、時々インターネット経由のみの割引というサービスもあったりしますので、要チェックですね。

私はたいていの場合、インターネットを使って家でいろいろ検討してから、駅の自販機で切符を購入していました(インターネット経由のみ割引ありというチケットの場合以外)。

切符の払い戻しは基本的にできません。特別な理由で払い戻しが認められても、とても煩雑な手続きが必要となります。なので、切符を手配する際は、十分に検討し確認したうえで購入することをおすすめいたします。

ベルギー国鉄(3)

<列車に乗る>
国鉄には改札口はありません。直接ホームに向かいます。タリス・TGV・ユーロスターなどの特急は指定券が必要です。それ以外は自由席です。
どんなにボロボロのローカル列車でも1等と2等席があります。
運行本数はあまり多くありません。IC(インターシティ・快速)、ローカルなどがあり、例えば、東西の大動脈であるリエージュ→ルーヴェン→ブリュッセル→ゲント→ブリュージュ→オステンドというICは1時間に1本程度しかありません。なので、間違えた列車に乗車すると大幅に時間をロスするので気をつけて乗車したいところです。



列車に乗る際は、駅構内にある時刻表で自分の乗る電車を選び、ホームを確認します(平日用時刻表は青、土日祝日用は赤)。下車駅の時刻もここで確認してメモしておくと良いです。大きい駅の場合、構内に電光掲示板の表示がありますので、それを改めて確認してホームに向かいます。ホーム上の電光掲示板には途中停車駅も書かれているので、もう一度見てから乗車します。



小さい駅の場合こうした表示がありませんので、心配な場合はやってきた列車の車掌に行き先(下車駅)を確認しましょう。

また、途中で車両が切り離されて行き先が分かれる列車(リエージュ行きとゲンク行きとか)もあります。そういう列車は車両の側面に行き先が表示してあるので、自分のいきたいところへ行く車両かどうか確認して乗りましょう。

ベルギーの場合、行き先の駅名が仏語表示・蘭語表示で異なることがあるので、その点も気をつけなければなりません。(例:ブリュッセル南駅 仏:Bruxelles-Midi/蘭:Brussel-Zuid)

私も何回か間違った電車に乗りそうになった経験があります。一度は、ブリュッセルからルーヴェンに戻るとき。いつもリエージュ行きのICに乗るので、行き先・リエージュだけを確認して飛び乗ったら、それは快速列車でルーヴェンに止まらない列車でした。発車直前、車掌に確かめたら、「これはルーヴェンに止まらないよ!」と言われて慌てて飛び降りました。もう一度は、リールの駅からルーヴェンに戻るとき、ホームに電光掲示板がなかったので、発車時刻に来た列車に乗ったらそれは遅れていた前の列車で行き先が違ったことがありました(検札に来た車掌が教えてくれた)。 列車が来たからといって慌てて乗車せず、車掌に確認したり、行き先表示を確かめたりしてから乗るのが安心です。

扉はたいていの場合手動であけます。扉の近くにスイッチがありますから、それを押して開けます(下車の時も同様に手動、内側にも扉を開けるスイッチがある)。ホームと列車のあいだには大きな段差がある場合が多いです。

いずれの列車の中にもトイレがあります。駅のトイレは有料ですが、列車内は無料です。ただし、列車内は掃除が行き届いていない場合もあります。駅で有料トイレを利用するか、列車内で無料のトイレを利用するかは、ご自身の判断によります。私は、あまり列車内のトイレは利用しませんでしたが。

ちなみに、ベルギー人(お父様がSNCB勤務)の方にうかがったところ、一応、途中下車は前途無効だそうです。