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2018年4月25日水曜日

村上春樹 騎士団殺し オランダ語版

Fnacにて、村上春樹の騎士団殺しオランダ語版が陳列されているのを見かけました。ノーベル文学賞が審査員の不正行為によって不透明化していますが、欧州における村上春樹人気は不動のものと見受けられます


情報:IT関係・AV機器・文具・本などの販売店
「FNACルーヴェン店」
Vital Decosterstraat 7, 3000 Leuven, ベルギー

2014年3月31日月曜日

サマータイム

3月30日からサマータイムです。
これから10月26日(日)までの半年間あまり、
日本との時差は、ー7時間となります。

サマータイムのせいもあって、
これからはどんどん夜が短くなりますね。
夏至までのこの時期のルーヴェンは
最もウキウキする期間ではないでしょうか。

日本もいよいよ桜がほころんできましたよ。
今週には満開になりそうです。




2013年8月5日月曜日

数字の混乱(1) 日付の書き方 - 英語(欧州)と米語

ベルギー(欧州)で生活していて混乱したことのひとつは、日付の書き方。
アメリカ英語をずっと習ってきた私たち日本人は

04/07/2013

と書いてあったら、2013年4月7日のことと思うのが一般的だと思うのですが、これが欧州では間違い。これは欧州では、2013年7月4日のこと。アメリカ英語のみならず、日本語でも月・日の順に読み・書きするのでついつい混乱してしまうんですよね。ちゃんと綴り字で「July」とか書いてくれればいいんですけど、往々にして数字だけなんです。だから気を付けないと勘違いしてしまいます。メールなんかでも用心してちゃんと綴り字を書いて確認しないと危ないです。

もともと日付は the fourth (day) of July と表現していたらしいので、日-月という順番に書くのは本来的には正しい書き方なんでしょうね。アメリカ英語でいつからそれが反対の書き順になったのかわかりませんが、とにかく アメリカでは読み方も 「July (the) 4th」です。なお米語では、ハイフンやスラッシュを使わないで日付を表現する場合、「July 4(th), 2013」と月は綴り字で書くことが多く、日付のあと・年号の前にカンマを入れてあります。こっちのほうが間違えにくいと思うんですが、まあ、郷に入れば郷に従えということで、欧州式の日付にも順応するしかありませんです。ハイ。

この日付の表現は、ベルギー滞在中、いつまでたっても慣れないもののひとつでした。皆さんも気を付けてね。
<追記>
参考URL:http://www.eigowithluke.com/2012/09/english-date-format/
日付のこと、気になっていろいろ調べてみました。上記URLは、どの国がどのように日付表記をしているか説明してくれているHPです。この方の作成した地図を見ると世界ではと欧州式が主流みたいで、米国式の月-日-年、日本式の 年-月-日 の順に表記しているほうが少数派なんですね。知りませんでした。自分の常識は世界の常識ではないということです。すみませんでした、勉強になりました。

数字の混乱(2) カンマとピリオド

数字に関して、欧州の書き方と日本流の書き方の違いで混乱したことのもうひとつは、大きな数字を書くときに打つ、カンマとピリオド。

€ 2.300,00

というのは2,300.00(二千三百)ユーロのこと。
え?何のこと???
つまり、thousand million  billion と3桁ごとに打つ印がピリオドで、小数点以下の部分を表現するのがカンマという、まあ、我々が習ってきた数字の書き方と正反対なんですよね~。なんじゃこりゃ???数学って全世界共通じゃないの~~~?エクセルだって2,300.00って自動的にカンマとピリオド打ってくれるじゃないですか~~~????なんで逆なの???つまり例えば、12.345は、「十二点三四五」ではなく、「一万二千三百四十五」とベルギーでは認識しなければいけないんですよ~~~~!

と騒いている日本人の私ですが、ふと気がつくと、日本人も会話では「0コンマ1秒違い」などど、小数点を表す点を「コンマ=カンマ=comma」と発語しているではありませんか!!!なんだこれは???どうなってるの自分????書いてる自分も混乱してきました。

そこでこの違いについてインターネットで調べてみたところ、日本の書き方は英米流で、その反対が英国以外の欧州(大陸)流ということらしいんです。それぞれが自分の書き方を世界標準にしようと対立しているらしいんですが、決着はついていない。結局、日本語では、書き数字は英米の基準を取り入れて、発音は欧州大陸の表現を輸入したってことなんでしょうか?????

ま、とかく、英国と欧州は相容れないことが多いですよね。例えば、重さや長さの基準も、英(米)では、ポンドやマイル・ヤード・インチなんかを使い、欧州大陸ではグラム・メートルを使ってますものね~~~。多分どちらも、どこまでいっても、譲る気はないんでしょう。

というわけで、結局は、郷に入れば郷に従えということで仕方ありません。欧州大陸に住んでいる限りは、カンマは小数点・ピリオドが桁ドリと、慣れるしかないんでしょうね。ハイ。頑張ります。
参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%95%B0%E7%82%B9

2013年5月3日金曜日

「ゴロゴロ族」

「ゴロゴロ族」というのはベルギーの大学生が週末になると大きなキャリーバッグをゴロゴロと引っ張って帰省する姿に対して、私がつけたあだ名です。

ベルギー人は家族の絆や故郷の人間関係をとても大切にしているので、金曜日になるとほとんどのベルギー人大学生はルーヴェン市内からそれぞれの実家に戻って家族や地元の友人と週末を過ごします。その際持って帰るキャリーバッグ(これを引きずりながら石畳の上を歩くとゴロゴロと大きな音が出る)には洗濯物がぎっしり入っているという話。日本と違って学生たちの住む部屋には洗濯機がないので、普通は、寮についている共同洗濯機や街のコインランドリーを利用することとなります。でも、これはお金もかかるし(一回の洗濯と乾燥で最低でも6EURくらいはかかる)、面倒くさいし・・・ということで、学生たちは洗濯物を抱えて週末家に帰るわけです。そして週明け、すっかり綺麗になった衣類をキャリーバッグに詰め込んで彼らは再びルーヴェンに戻ってきます。普段は自転車で行動している学生も、金曜日の夕方と日曜日の夕方はこの大きな荷物を運ぶためバスを利用します。というわけで、普段から混雑するルーヴェン市内のバスがこの時間はさらに激しいラッシュにみまわれます(特にキャンパスと駅をつなぐバスライン2番)。これが毎週末繰り返されるのですから、関係のない私たちはその時間にバスに乗り合わせるとウンザリ・・・。

この「ゴロゴロ族」たち。最初は「洗濯物を持って帰るなんて甘えているなぁ」とか「そんなにお母さんや幼馴染みに会いたいのかなぁ」と思っていたのですが、この疑問をベルギー人にぶつけてみたら、その背景にはそんな単純な思い以外の要因もあるようです。

ベルギーでは、例えば家のちょっとした修理を依頼した時、たとえそれが専門業者であってもいい加減な仕事しかしてもらえないということがしばしば。もし日本であれば、その業者が知り合いであってもなくても、彼らは専門業者なのですから、一定の水準の仕事を完遂してもらえるはずと考えます。でもここベルギーではそうはいかない。知人ならきちんとした仕事をしてもらえるけど、知人でなければいい加減な仕事になることがしょっちゅうある。そこでベルギー人は何かを依頼しようとする時、まずツテを探す。ツテや紹介といった人間同士のつながりが背景にあれば安心だし、仕事も早いし正確。とにかく、医者・弁護士・業者・・・なんでも、まずみんなその繋がりで解決しようとする。というわけで、血縁・地縁はとっても大切。移動の少ないベルギー社会では、地縁は親や祖父母の代から続くものなので、そのつながりは何世代にも渡る彼らの財産なのです。そしてそれを大切に維持していくとが彼らの社会生活を円滑に過ごすためには必要不可欠というわけで、頻繁に帰省して旧交をあたためているという背景もあるみたいなんですね。地理的・歴史的に周辺の大国から繰り返しひどい目に合わされてきた歴史を持つベルギーでは、本当に信頼でき、心を許せるのは昔からの知人や家族だけという思いもあるのかもしれません。

とにかく、学生たちの多くがゴロゴロとキャリーバッグを引きずりながら帰ってしまった週末や長期休暇中は、ルーヴェンの街はとっても静か。帰るあてのない留学生などはガラ~ンとした学生寮でちょっとさみしい気持ちになるそう。次の始業日に向けて彼らがゴロゴロと戻ってくると街に活気が溢れます。

2013年1月27日日曜日

Belgium national anthem ベルギー国歌


オランダ語を教わりながらお茶を囲んで語らうという「オ茶会」。この「オ茶会」というのは、ベルギーに長くお住まいの方が、ご好意でルーヴェン初心者である日本人にオランダ語を中心にルーヴェンでの情報など、さまざまなことを教えくださるという素晴らしい会合です。この会合を通じて交流を深める日本人も多くいて、ルーヴェン市在住者にとっては欠かすことのできない集いとなっています。
そんな会合で話題にされたテーマのひとつ、「ベルギー国歌」。本日のブログ記事はこのベルギー国歌についてです。

De Brabançonne

O dierbaar Belgie
O heilig land der vaad'ren
Onze ziel en ons hart zijn u gewijd
Aanvaard ons hart en het bloed van onze adren,
Wees ons doel in arbeid en in strijd.
Bloei, o land, in eendracht niet te breken ;
Wees immer u zelf en ongeknecht,
Het woord getrouw, dat ge onbevreesd moogt spreken :
Voor Vorst, voor Vrijheid en voor Recht.
Voor Vorst, voor Vrijheid en voor Recht.
Voor Vorst, voor Vrijheid en voor Recht.

<フラマン語版翻訳>
おお、親愛なるベルギーよ
父なる先祖たちから受け継がれた聖なる国土よ
我らの魂と精神を汝に捧げん
我らの力と血管からほとばしる血潮を受け止めよ
労働においても、戦いにおいても、我々の目的において真摯であれ
咲き誇れ、我が国土よ、分裂することなき団結のもと。
常に汝は汝のまま自由たらんことを。
忠誠という言葉、これを汝が恐れずに語れるよう願う。
王のため、自由のため、権利のため

まあ、ちょっと拙いところもありますが、自己流で翻訳してみました

先生のお話では、そもそも、ベルギー国歌は「La Brabançonne(ラ・ブラバンソンヌ)」というフランス語の曲で、オランダとの戦いを経て独立を果たした「ベルギー王国」の国歌として1830年制定されました。しかしながら当時の公用語はフランス語。当然国歌もフランス語のものだけでした。フランダースに住むオランダ語系住人にとっては、これは長く納得がいかないものだったことは想像に難くありません。およそ100年後の1938年、ようやくフラマン語版・ドイツ語版の歌詞が国歌として認められるようになったそうです。

ところで、フラマン語の歌詞を教わったあと、家でインターネットでフランス語の歌詞と見比べてみたんですけど、二つの歌詞はピッタリ一致しているわけではないみたいですね。まあ、歌詞なので韻を踏む必要があるので、そのへんの調整のせいかもしれませんが・・・。「国語」=「日本語」があたりまえである日本人にとっては驚かされることではあります。
ベルギーでは、米国やカナダのように学校で国歌を教えないのでしょうか?97年、フランダース系出身の首相候補が、ベルギー建国記念日にテレビ記者から「国歌を歌ってみてください!」と言われてベルギー国歌を思い出すことができず、勘違いしてフランス国歌を歌って大スキャンダルになったという事件もあったそうですが・・・。(なぜフランダース系の人がフランス国歌を歌いだしたのかは不可解ですが)。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2258548/1859659

「ベルギーの国歌はなかなか激しい歌詞ですね」というのが先生のお話でした。ただ、戦いの勝利をもって国土を確定した国家の場合、こうした勇ましい歌詞が国歌として好まれるのは自然の流れかもしれません。私はかつてカナダに住んでいたことがあるのですが、ベルギーの国歌の歌詞の意味を教えていただいたとき、カナダ国歌を思い出しました。カナダの国歌はこの歌詞ととてもよく似ています。カナダもアメリカとの戦いの後国土を確定した国ですので、やはりその根源にある精神が似ているのかもしれません。また、カナダも英語とフランス語の2カ国後を公用語とする国ですので、2カ国語の歌詞が国歌として認められています。その点もカナダと似ているなぁと思ったりしました(参考のためにカナダ国歌も下に記載しておきますね)。

世界を見渡してみると、こうした勇ましい歌詞の国歌もたくさんあるようですね。フランス共和国の国歌「ラ・マルセイエーズ」などは、もともと革命歌なのでさらに激しい歌詞ですし・・・。
その一方、歌詞のない国歌というのもあります。たとえば、スペインの国歌には公式な歌詞がありません。もともとこれは、「国王行進曲」という歌詞のない曲を国歌(国曲?) としたものでしたが、過去には歌詞が書かれて使用された時期もありました (フランコ独裁時代など) 。しかし、現在では歌詞のない国歌として認定されています。実は、現在においても歌詞をつける動きがあるようですが、バスク地方やカタルーニャ地方(バルセロナ周辺)といった地域とスペイン国家との歴史的文化的な背景があまりに複雑ゆえに、この試みの実現も難しいようです。スペインでは一応カスティーリャ語=スペイン語ということで認定はされているのですが、他の地域の住民にとってカスティーリャ語はあくまでカスティーリャ地方(マドリード周辺地域)の言語であって「国語」と言われることには抵抗があるようです。ゆえに、国歌の歌詞も棚上げということでしょうか。

国歌というものひとつを取り上げていろいろ調べてみても、それぞれの国の実情が表れてきて本当に勉強になるなぁと思いました。


参考<Canada national anthem カナダ国歌>
O Canada!
Our home and native land!
True patriot love in all thy sons command.
With glowing hearts we see thee rise,
The True North strong and free!
From far and wide,
O Canada, we stand on guard for thee.
God keep our land glorious and free!
O Canada, we stand on guard for thee.
O Canada, we stand on guard for thee
おお、カナダ。我らがふるさと我らが故国!
汝のすべての子孫に宿る真の愛国心。燃ゆる精神とともに興隆する汝を見守らん。
真の北国の強さと自由よ!遠く遥かなるところから、我らは汝を守るため立ち上がらん。
神は我が祖国に栄光と自由を守り給う。おお、カナダ。我らは汝を守るため立ち上がらん。

参考<建国記念日も国歌も知らない? ベルギー次期首相>
2007年7月23日 AFP】ベルギーで建国記念日の21日、次期首相として組閣要請を受けているキリスト教民主フランドル党(CD&V)のイブ・ルテルム(Yves Leterme)党首が、公共放送の取材に対して何の祝日かを答えられず、またベルギー国歌を歌うよう求められてフランス国歌を歌った。
 国家行事である祝賀式典に到着したルテルム氏は、公共放送RTBFの取材で今日は何の祝日かと質問され、「憲法記念日」と返答した。実際は1831年7月21日、レオポルド1世(Leopold I)が国王に即位し、立憲君主国となったことに由来する建国記念日だった。
 さらに国歌を知っているかと問われ、2、3小節を歌うよう求められると、同氏はほほ笑みながらフランスの国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」の冒頭部分を歌い始めた。記者に、本当にそれがベルギー国歌「ラ・ブラバンソンヌ(La Brabanconne)」の歌詞だと思っているのかと問われると「分からない」と答えた。
 ただしRTBFは、建国記念日制定の由来を知っているベルギー人は5人に1人にすぎないと、ルテルム氏を「擁護」した。
 ルテルム氏率いるフラマン系のCD&Vは、6月10日の総選挙で30議席を獲得し、与党を抜いて第1党に躍進。約8年ぶりの政権交代となり、ルテルム氏は7月15日に国王アルベール2世( King Albert II)から組閣要請を受けた。
 ベルギーの人口約1050万人のうち、オランダ語を話すフラマン地域に600万人、フランス語を話すワロン地域に350万人、フランス語人口が大半を占める首都ブリュッセル(Brussels)に100万人が住む。
 フラマン地域は国内で最も裕福な地域で、同地域の各政党は、政治勢力の拡大、特に雇用政策の運営権限を連邦政府から地域政府に移譲するよう、連邦政府に求めている。(c)AFP

2013年1月21日月曜日

ルーヴェンでの日本人コミュニティ

ルーヴェン市にはおそらく100名前後の日本人が滞在しているのではないでしょうか。(あくまでこれは私の印象ですので正確な数字ではありませんが)。思ったよりも多くの日本人が長期在住しているので、街で日本人を見かけることもよくあります。そうした滞在者をカテゴリー分けをすると、主に以下の4つに分けられると思います。
(1)KU Leuven関係
(2)企業関係
(3)留学生
(4)永住者

それぞれのカテゴリーでのつながり(職域や留学生同士など)は当然あると思うのですが、ルーヴェンには、横断的なつながりとして「ルーヴェン日本人会」というものがあります。幹事の方ににその活動内容についてうかがったところ、年2回程度の集いとメーリングリストの管理を行っているそうです。残念ながら私自身は日本人会の活動に直接参加する機会には恵まれませんでしたので、活動の詳細についてここで記載することができません。申し訳ありません。
もしこの活動に興味があるなら、日本人を見かけたとき積極的に声をかけてみると良いと思います。相手の方は一瞬びっくりされるとは思いますが、みなさん新しく来られた方の苦労を理解されているので、こころよく相談に乗ってくれ、受け入れてくださると思います。私もそのようなきっかけを通じて、いろいろな日本人の方に助けていただきました。ご助言くださった方々に改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

またこの日本人会とは別に、ルーヴェンにはオランダ語を教わりながらお茶を囲んで語らうという「オ茶会」という会合もあります。この「オ茶会」というのは、ベルギーに長くお住まいの日本人の方が、ご厚意で、ルーヴェン初心者である日本人に、週一回オランダ語を中心にルーヴェンでの情報などさまざまなことを教えくださるという素晴らしい会合です。(女性限定)

ちなみに、私たちの住むKULeuvenの宿舎・ベギンホフにも何組かの日本人が滞在されています。もちろん、入れ替わりはありますが、常時数組は居住しているようです。

参考:ルーヴェンで多くの日本人が勤務しているimecについてはこちらのブログに詳しいです。
http://apsslaboratory.blogspot.jp/2011/12/blog-post.html

2012年12月4日火曜日

在外選挙

2012年12月16日。日本では総選挙がおこなわれました。これに先立ち、在外公館では海外に居住する邦人による投票が実施されました。現在は、在外でも衆議院比例区と選挙区選挙(出国直前に住んでいた市町村の選挙区)に投票できます。
海外に在住していながら日本の国政選挙に投票したい方は、在外選挙人登録を事前に行っておく必要があります。詳しい手続きはリンクをご参照ください。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/senkyo/